「じり焼き」って聞くと、すぐ子供の頃の「思い出」が出てくる人と、「それ何?」ってなる人に分かれるんよね。
大分では、小麦粉を水で溶いて薄く焼き、黒砂糖などを巻いて食べる素朴なおやつとして知られていて、農林水産省の「うちの郷土料理」でも、豊後大野市の伝承料理として紹介されています。昔は子どものおやつや農作業の合間の差し入れとして食べられていたそうです。
でも実際には、「じり焼き」だけじゃなくて、ひ焼き、へこ焼き、たらたら焼きなど、地域で呼び名がかなり違う。
そして何をつけて食べるかにも、その家らしさが出る――そんな“大分の思い出おやつ”でした。
じり焼きとは?どんな食べ物?

じり焼きは、小麦粉を水で溶いた生地を、クレープのように薄く焼いて食べる料理です。農水省の紹介では、細かく砕いた黒砂糖や、かぼちゃあんを巻いて食べるとされていて、主な使用食材も小麦粉と黒砂糖になっています。
昔風の材料は地粉・塩・水・黒砂糖とかなりシンプル。今は卵や砂糖を入れて少しふっくらさせたり、米粉を混ぜたり、ジャムやマーマレード、生クリームを合わせるアレンジも紹介されています。
つまり、もともとは家にあるもので作る、手軽でやさしいおやつ。
だからこそ、「うちはこう食べよった」が家庭ごとに違うんよね。
名前の由来は?
じり焼きの由来は、資料でもいくつか説があるとされています。
農水省の説明では、生地が“じりい”(大分の方言で“ゆるい”)ことから来た説、または“じりじり”と焼く音から来た説が紹介されています。
コメントでも「ジリジリ言うき、じり焼きち聞いた」という声があり、音から来たと感じている人もおりました。
こういう“名前の由来が一つに決まらん”感じも、昔のおやつらしくていいところです。
何つけて食べよった? いちばん多かったのは黒砂糖

今回いちばん多かったのは、やっぱり黒砂糖。
「黒砂糖をまぶした」「黒砂糖の塊を挟んだ」「砕いた黒糖をのせた」など、食べ方に少しずつ違いはあっても、じり焼き=黒砂糖の記憶はかなり強そうでした。
そのほかにも、
- 砂糖
- きな粉×砂糖
- はちみつ
- ジャム
- あんこ
- チョコ
- バター
- ソース
など、家によってかなり幅がありました。
中には「何もつけんでも、ほんのり甘みがあってそのまま食べよった」という声もあり、これはこれで昔のおやつらしい。
また、「熱いうちに黄粉砂糖をまぶすと、やせうまの温かい焼きバージョンみたいやった」という見方もあって、じり焼きとやせうまの近さを感じる人もいるようでした。
地域で呼び方が違うのがおもしろい
ここが、じり焼きのいちばん面白いところかもしれません。
農水省の紹介では、豊後大野市の“じり焼き”を主な伝承地域として挙げつつ、日田市の「へこ焼き」、そのほか「ひ焼き」や「たらたら焼き」など、地域によってさまざまな呼び名があるとしています。
今回寄せられた声でも、かなりきれいに分かれました。
じり焼き
「じり焼き」で通っていたという人は多く、特に豊後大野、大分市まわり、県南の一部でも聞かれました。
「ソウルフード」「母親や祖母が作ってくれた思い出の味」として出てくるのは、この呼び方が多かった印象です。
ひ焼き
日出、杵築、国東あたりでは「ひ焼き」で育ったという声がかなり自然でした。
コメントでも「うちはひ焼きやった」「国東出身の母が焼きもちと言っていた」など、東側・北東側での呼び名として残っている感じがあります。
へこ焼き
日田ではへこ焼き、という声がはっきりありました。
「へこ」はふんどしの意味で、巻いた形から来たという説明も、今回の声の中にありました。
たらたら焼き
こちらも散発的に出ていて、生地をたらすように焼くことから来た呼び名として知られているようです。農水省も、この名前を地域差の一つとして挙げています。
焼きもち
これは正式な郷土料理名というより、家庭内の呼び名っぽい印象。
豊後大野や国東などで「うちは焼きもちって言いよった」という声がありました。
世代差もかなりありそう
じり焼きは、今の若い世代の共通知識というより、50代以上の人が“懐かしい”と反応しやすい食べ物という印象でした。
- 「60何年前に食べた」
- 「古希の祖母世代」
- 「母がよく作ってくれた」
- 「祖母の味」
- 「半世紀前の笑い話」
みたいな声が多くて、戦後の子どものおやつとして残っている記憶がかなり強い。
農水省の説明でも、昔は子どものおやつや農作業中の差し入れとして日常的に食べられていたとされています。
一方で、「名前も聞いたことない」「じり焼きって何ですか?」という声もあったので、今はもう家庭によって継承の差が大きいおやつなんやと思います。
じり焼きは、貧しい時代のおやつでもあり、工夫のおやつでもあった

コメントを見ていると、「砂糖つけて食べてた」「黒砂糖が貴重だった」「家にあるもので工夫してた」みたいな話が多くて、じり焼きはただ懐かしいだけじゃなく、暮らしの知恵のおやつでもあったことが見えてきます。
農水省の説明でも、黒砂糖が貴重だった時代には、じり焼きの代わりにゆで餅や石垣もちを食べていた家庭もあったとされていて、時代背景ともつながっています。
つまり、じり焼きは「昔のおやつ」ではあるけど、
その奥には小麦文化、農家の暮らし、家ごとの工夫が詰まっちょるんよね。
まとめ
じり焼きは、小麦粉を水で溶いて薄く焼き、黒砂糖などを巻いて食べる大分の素朴なおやつです。主な伝承地域は豊後大野市ですが、実際には県内に広く知られ、ひ焼き、へこ焼き、たらたら焼きなど地域ごとの名前でも親しまれてきました。
食べ方は黒砂糖が定番。
でも、砂糖、きな粉、はちみつ、ジャム、あんこ、チョコ、バター、ソース、そして何もつけない派まであって、家ごとにぜんぜん違うのがまた面白い。
「じり焼き」と聞いてすぐ懐かしくなる人もおれば、初めて聞く人もいる。
そういう差も含めて、今のうちに残しちょきたい大分のおやつやね。
※この記事は、SNSで集まった「じり焼き」の思い出や呼び名の違いと、農林水産省「うちの郷土料理」の情報を参考に整理したものです。
