「肩車」のことを、大分では「びびんこ」と言う。
そんな大分弁をSNSで紹介したところ、思っていた以上にたくさんのコメントが集まりました。
ところが、みなさんの声を見ていくと――
「うちは『びんびこ』」
「日田は『べべんちょ』」
「『びびくり』やった」
「佐伯では『びんびくま』」
「鶴崎では『びびく』」
……あれ?
肩車の呼び方、多すぎん?
最初は「びびんこ」の地域差を少し紹介するつもりだったのですが、集まったコメントを整理してみると、大分県内だけでも驚くほど多くの呼び方が出てきました。
しかも調べてみると、似た言葉は大分県外にもあります。
今回は、みなさんから寄せられた声をもとに、「肩車」の呼び方をもう少し深掘りしてみます。
大分弁「びびんこ」とは?

「びびんこ」は、
肩車
を表す言葉です。
たとえば、
「びびんこしちゃるけん、つかまっちょきよ〜」
なら、
「肩車してあげるから、つかまっておきなさいね」
という意味になります。
基本的な意味や使い方については、以前の記事で紹介しています。
今回は、その先。
「肩車=びびんこ」と紹介したところから始まった、呼び方の違いを見ていきます。
「肩車」の呼び方、こんなに出てきた

SNSに寄せられたコメントのうち、地域が分かるものを中心に整理してみました。
| 地域 | 寄せられた呼び方 |
|---|---|
| 日田 | べべんちょ |
| 国東 | びんびこ |
| 東国東 | びんびんこ |
| 高田 | びんびんこ |
| 日出 | びんびこ |
| 杵築 | びびくん |
| 大分市 | びびんこ・ひびんこ |
| 鶴崎 | びびく |
| 野津 | ひびんこ |
| 佐伯 | びんびくま・びんびこま・びびんこ |
| 佐伯市弥生 | びんこ |
このほか、地域までは分からないものの、
びびっこ、びびくり、びんびこ、びんびんこ、びびしゃんこ、かたくび、かっか、さるかっか
などの呼び方も寄せられました。
ここで注意したいのは、この表が「その地域では必ずこう呼ぶ」という分布図ではないこと。
今回の情報は、あくまでSNSで寄せられた個人の記憶が中心です。
むしろ見えてきたのは、
「市町村ごとに一つの呼び方がある」というほど単純ではなさそう
ということでした。
日田は「べべんちょ」

今回、特に地域性がはっきり見えたのが日田です。
日田からは、
「日田は『べべんちょ』」
「今も昔もべべんちょ」
「今の子は言わないかもしれない」
といった声が複数寄せられました。
そして「べべんちょ=肩車」は、コメントだけの情報ではありません。
日田市観光協会の過去の記事でも、「べべんちょ」とは日田弁で「肩車」のことと紹介されています。
さらに面白いのが、
「べべんちょ飴」
という名前のお菓子。
日田市観光協会の記事では、玄米から作られた昔ながらのお菓子として「べべんちょ飴」が紹介されています。
※現在の販売状況については、今回確認できていません。
方言そのものを耳にする機会が少なくなっても、商品名の中に言葉が残っている。
そんな方言の残り方も面白いところです。
国東方面では「びんびこ」「びんびんこ」

一方、県東部からは「びびんこ」と少し違った形が寄せられました。
国東では「びんびこ」。
東国東や高田からは「びんびんこ」。
日出では「びんびこ」という声もあります。
このうち国東の「びんびこ」は、国東の方言を紹介する資料でも、
びんびこ=肩車
として掲載されています。
「びびんこ」
「びんびこ」
「びんびんこ」
文字にするとほんの少しの違いです。
でも、子どもの頃から聞いてきた人にとっては、それぞれが「うちではこれやった」という言葉なのでしょう。
こうした一音、二音ほどの小さな違いが各地に残っているのも、今回の面白いところです。
佐伯は「びんこ」「びんびくま」「びんびこま」?

県南の佐伯からも、特徴的な呼び方が寄せられました。
ある人は、
「佐伯で『びんびくま』でした」
別の人は、
「佐伯では『びんびこま』か『びびんこ』」
そして佐伯市弥生からは、
「『びんこ』と言っていました」
という声もありました。
同じ「佐伯」という地域名でも、出てくる言葉が違います。
そのため、
「佐伯では○○と言う」
と一つに決めてしまうより、
「佐伯方面からは複数の呼び方が寄せられた」
と見る方がよさそうです。
これは今後、旧市町村や地区まで聞いてみると、さらに細かな違いが見えてくるかもしれません。
臼杵と野津でも違う?

個人的に気になったのが、臼杵・野津について寄せられたコメントです。
「臼杵の方は『肩車』と言いよったけど、野津では『ひびんこ』と言うみたい」
という声がありました。
現在はどちらも臼杵市ですが、旧臼杵市と旧野津町で呼び方が違っていた可能性も考えられます。
ただし、これは現時点では一人の方から寄せられた情報です。
そのため、
「臼杵では使わない」「野津ではひびんこ」
とまでは断定できません。
むしろ、こうしたコメントを見ると、方言を調べるときは現在の市町村だけではなく、旧町村や集落、家庭まで見ていく必要があることが分かります。
「びびんこ」の仲間は、大分県外にもある

ここまで大分県内を見てきましたが、似た呼び方は県外にもあります。
宮崎の方言としては、
「びびしゃんこ」=肩車
という言葉が全国方言辞典に収録されています。
さらに宮崎県内でも、諸県では「びんずい」、延岡では「てんぐるま」という別の呼び方があるとされています。
鹿児島にも「びびんこ」があります。
屋久島の白谷雲水峡には、なんと、
「びびんこ杉」
という名前の杉があります。
環境省の屋久島世界遺産センターによると、親子が肩車をしているように見えることから名付けられたもので、現地の案内でも「肩車(鹿児島弁びびんこ)」と説明されています。
つまり「びびんこ」は、大分だけにぽつんと存在する言葉ではありません。
少なくとも南九州にも、同じ言葉やよく似た形が確認できます。
海の向こう、山口にも似た言葉がある

そして、今回のコメントの中には、
「対岸の山口県では『びんびく』と言います」
という情報もありました。
これも調べてみると、本当に似た言葉があります。
山口県の方言資料では、肩車について、
びんぶく、びんどこ、びんびく
などの呼び方が紹介されています。
さらに別形として、
びんぼこ、びんびこ、びんびくま、びんぶくま
などもあり、県西部では「べんべこ」「べべくま」と呼ぶ地域もあるとされています。
大分で寄せられた、
「びんびこ」
「びんびくま」
と並べてみると、かなり似ています。
「海を挟んだ大分と山口で、何か言葉のつながりがあったんやろうか?」
と思いたくなりますが、今回確認した資料だけでは、言葉がどのように伝わったのかまでは分かりません。
ただ、
山口にも「びん・びび」系の肩車の呼び方が複数存在する
というのは、とても興味深いところです。
「びびんこ」って、そもそも何からできた言葉?

ここまで似た言葉が出てくると、気になるのが語源です。
これについて、宮崎県都城市の広報に興味深い説明があります。
都城では「びびんこ」を肩車の意味で使い、その背景について、
肩車をすると子どもの両足が、乗せている人の鬢(びん=側頭部の髪)を擦ることから「鬢摺り子」と呼ばれ、それが「びびんこ」に転訛した
という説を紹介しています。
参考文献として『都城さつま方言辞典』が挙げられています。
なるほど。
「びびんこ」の「びん」は、頭の横にある「鬢」と関係があるのかもしれません。
一方、山口の「びんぶく」にも、昔の髪形や「鬢」と肩車の姿を結びつける説など、複数の説明があります。
ただし、ここは慎重に見たいところです。
都城で紹介されている語源説を、そのまま大分の「びびんこ」の語源と断定できるわけではありません。
「びびんこ」「びんびこ」「びんびく」「びんぶく」などが、もともと一つの言葉から枝分かれしたのか。
それとも、似た発想から各地で似た言葉が生まれたのか。
今回調べた範囲では、そこまでは分かりませんでした。
でも、だからこそ面白い。
「びびんこ」は、まだまだ調べがいのある言葉です。
地域差だけじゃない。「家庭差」や「世代差」もありそう

今回のコメントの中で、とても印象的だったものがあります。
「私は『びびんこ』、母は『びびくり』」
なんと、同じ親子でも呼び方が違うというのです。
ほかにも、
「小学生の頃、言いよった」
「50年ぶりに聞いた」
「懐かしい」
「最近は言わない」
「今の子は言わないかもしれない」
といった声が多く寄せられました。
考えてみれば、「肩車」は仕事や学校で頻繁に使う言葉ではありません。
親子や祖父母と孫など、家庭の中で使われることが多い言葉です。
だからこそ、
「この地域ではこう言う」
だけではなく、
「うちの家ではこう言いよった」
という形でも受け継がれてきたのかもしれません。
市町村の境界線だけでは説明できない細かな違い。
そこには、家庭や世代というもう一つの「方言の境界線」がありそうです。
まとめ|肩車ひとつで、こんなに言葉が違う

最初は、
「びびんこ=肩車」
という一つの大分弁を紹介しただけでした。
ところが、みなさんのコメントを集めてみると、
日田では「べべんちょ」。
国東方面では「びんびこ」「びんびんこ」。
鶴崎では「びびく」。
佐伯方面では「びんこ」「びんびくま」「びんびこま」。
そのほかにも、「びびくり」「びびっこ」「ひびんこ」など、本当にさまざまな呼び方が出てきました。
そして県外へ目を向ければ、宮崎・鹿児島・山口にも似た言葉があります。
今回特に面白かったのは、
「大分県ではこう言う」と、一言ではまとめられなかったこと。
同じ県内でも地域によって違う。
同じ市内でも違うかもしれない。
そして、同じ親子でも違うことさえある。
肩車という、たった一つの動作。
そこにこれだけたくさんの言葉が残っているのを見ると、方言は県境や市町村の境界線だけでは語れないものなんやなぁ、と改めて感じます。
まだまだ知らない呼び方もありそうです。
子どもの頃、肩車のことをなんち言いよった?
覚えちょったら、地域と一緒にぜひ教えてください。
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