テレビ・交通・都会っぽさ…でも“足りんとは思わんかった”声も多かった
子どもの頃の大分県を思い出して、「何かちょっと足りん気がしよったもの」を聞いてみたら、
思った以上にいろんな答えが返ってきました。
多かったのは、
- テレビのチャンネル
- 遊ぶ場所
- 店の数や選択肢
- 電車やバスなどの交通
- 都会っぽさ
あたり。
でも一方で、「足りんかったものなんてなかった」「あるもので工夫して遊びよった」という声もかなりあって、そこが面白かったです。
つまりこれは、単純に「昔の大分は不便やった」という話ではなくて、
住んでいた地域・時代・性格によって、足りないと感じたものが全然違ったという話なんやろうね。

1)いちばん多かったのは「テレビのチャンネル」

今回かなり目立ったのがこれ。
子どもの頃、大分県で「足りんかった」として強く出てきたのは、テレビ局の少なさでした。
- 観たい番組が放送されんかった
- 他県の話題についていけんかった
- ドラマやバラエティが遅れて放送されていた
- 民放が少なくて、選択肢が限られていた
という声が多く、特に昔の大分市周辺では
OBS・TOS・NHKくらいしかなくて、見たい番組が見られんかった
という記憶が強いようです。
OABが開局してうれしかった、という声もあり、
テレビ局の増加は子どもにとってかなり大きな出来事やったんやろうね。
ポイント
「テレビが少ない」は単に暇というだけじゃなく、
流行や話題に乗り遅れる感覚につながっていたのが印象的でした。
2)「情報」と「選択肢」が足りない感じ

テレビ局の少なさともつながるけど、
もう一つ見えてきたのが “情報が足りん”=選べるものが少ない という感覚です。
- 欲しいおもちゃがすぐ入ってこない
- 有名チェーン店やアニメ系ショップがない
- 都市部の子が知っているものを、自分は知らない
- 情報を持ってる人だけが知っている感じが嫌やった
こういう声から見えるのは、
単に物がないというより 「情報に触れる機会」や「選べる幅」が狭かった ということ。
子どもの頃は特に、
「知らない」「選べない」は、そのまま世界の狭さとして感じやすかったんかもしれません。
3)交通の弱さも、後から気づく人が多かった

子どもの頃はそこまで意識していなかったけど、
大きくなってから「足りんかったな」と気づくものとして多かったのが 交通 でした。
- 電車が少ない
- バスが高い
- コンビニや店が遠い
- 車がないと不便
このへんは、子どもの頃は親が動いてくれるからあまり気にならんけど、
働き出して自分で移動するようになってから
“大分って交通弱かったんやな”
と実感する人が多そうです。
逆に言うと、昔は近所に商店や病院や食堂がそろっていて、
車がなくても生活できていた地域もあった、という声もありました。
このへんは、地域の変化の話にもつながってきます。
4)遊ぶ場所・公園・都会っぽさ

これもかなり分かりやすい「足りんかったもの」。
- 公園が少ない気がした
- 都会っぽさが足りなかった
- コンサートホールみたいな場所がなかった
- 映画館がなくなった
ただここも面白くて、
「子どもの頃から足りんと思っていた」人もいれば、
「その頃は困ってなかったけど、テレビで都会を見て初めて気づいた」
という人もいました。
つまり、遊ぶ場所の不足は
実際に困ったかどうかというより、
都会と比べた時に“こっちにはない”と気づいた瞬間に生まれる感覚
なのかもしれません。
5)「足りんかったものなんてなかった」派もかなり強い
今回とても良かったのは、
「足りんかったもの」を聞いているのに、
“足りんとは思わんかった” という答えもかなりあったこと。
- あるもので工夫して遊んでいた
- 野原や空き地で十分やった
- 弟や犬と走り回って楽しかった
- 子どもの頃は、そもそもそんなこと考えてなかった
こういう声を見ていると、
昔の大分に何かが“足りなかった”としても、
それを 不足として意識せずに満ちていた子ども時代 も確かにあったんやろうなと思います。
だから今回の話は、
「昔の大分の欠点探し」ではなく、
“何を不足と感じる感性やったか”を振り返る話 として読む方が面白いです。
6)足りなかったのは“物”じゃない、という声もあった
これは印象に残るコメントでした。
- 母親との時間
- 遊ぶ時間
- 夕飯のおかず
こういう答えは、店や交通やテレビとは別の方向から来ています。
「大分県に足りんかったもの」と聞かれても、
人によってはまず 暮らしの中の足りなさ を思い出すんよね。
つまり、このテーマって実は
インフラや都会性の話だけじゃなくて、
その人の子ども時代そのもの が出る質問やったんやと思います。
7)地域差より、「いつ気づいたか」の差も大きい
今回のコメントを見ていて思ったのは、
地域差ももちろんあるけど、それ以上に
- 子どもの頃から足りんと思っていた
- 中学・高校で外に出て初めて気づいた
- 大人になってから不便さを感じた
- 今の大分は逆に“ありすぎる”と感じる
みたいな、“いつ気づいたか”の違い がかなり大きいこと。
たとえば湯布院では、
昔はどれも足りなかったけど、今は逆にありすぎて嫌だ、という声もありました。
このあたりは、地域の発展や観光化ともつながる話です。
まとめ
子どもの頃、大分県で「ちょっと足りん」と感じていたものとして多かったのは、
- テレビのチャンネル
- 情報や選択肢
- 遊ぶ場所
- 交通
- 都会っぽさ
あたりでした。
でも同時に、
- 足りんかったとは思わんかった
- あるもので十分楽しかった
- 後から見方が変わった
- 足りんかったのは家族との時間や遊ぶ時間やった
という声もありました。
つまり、「大分に何が足りんかったか」は一つじゃなくて、
その人がどこで育ち、何を見て、いつ外と比べたか でかなり変わる。
そこが、このテーマの面白さやね。
大人になった今は「足りん」と思わんようになったものも多いかもしれんけど、
子どもの頃に感じたあの小さな不足感は、その時代の大分を映す、ひとつの記憶やったんやと思います。
※この記事は、SNSで集まった「子どもの頃、大分県でちょっと足りんと感じていたもの」に関する声をもとに整理したものです。
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