うすき竹宵・竹楽・千年あかり――灯りの向こうに残る町の記憶
大分三大竹あかりとは、臼杵市の「うすき竹宵」、竹田市の「たけた竹灯籠 竹楽」、日田市の「千年あかり」のこと。
いずれも秋の夜に竹灯籠が町を彩りますが、風景や成り立ちはそれぞれ違います。
「この三つ、行ったことある?」
SNSで大分県民に尋ねると、「全部行った」「地元なので毎年行く」という声もあれば、「名前は知っているけど、どこにも行ったことがない」という声も届きました。
思い出をたどると見えてきたのは、光の美しさだけではありません。
町を歩いた夜、楽しみにしている食べ物、遠くから訪れた人、灯籠を作り続ける人たち。
竹あかりの記憶には、その町で過ごした時間が残っていました。
1)大分三大竹あかりとは?三つの祭りの違い

まず、三つの特徴を並べてみます。
| 祭り | 場所 | 町の風景・特徴 |
|---|---|---|
| うすき竹宵 | 臼杵市・二王座周辺など | 城下町の竹ぼんぼり、般若姫行列 |
| たけた竹灯籠「竹楽」 | 竹田市・城下町一帯 | 武家屋敷通りなどの光と影、里山保全 |
| 千年あかり | 日田市・豆田町、花月川周辺 | 古い町並みと川辺の灯り、地元による竹の活用 |
臼杵では1997年に前身の催しが始まり、真名長者・般若姫の伝説を取り入れて発展しました。
竹田では2000年に武家屋敷通りへ竹灯籠を並べ、翌年から「竹楽」として単独開催。
日田の「千年あかり」は2005年に地元有志が始めています。
竹田と日田は、増えすぎた竹を活用し、里山や森林を守る取り組みとも結びついています。
同じ竹の灯りでも、歴史ある町並みや、そこに込められた思いが違う。
それが三大竹あかりの面白いところです。
※開催日・交通規制・シャトルバスなどは年によって変わります。訪問する際はうすき竹宵公式サイト、竹田市の竹楽案内、日田市の千年あかり案内で確認してください。
2)うすき竹宵の思い出――出張中に偶然出合った夜

うすき竹宵を訪れた人からは、いろんな場面が寄せられました。
出張で臼杵に来ていたとき、偶然お祭りに出合った人。
臼杵石仏に車を置き、シャトルバスで会場へ向かった人。
臼杵のお寺で、お坊さんがバンド演奏をしていたことを今も覚えている人。
竹ぼんぼりだけでなく、町の中で起きたちょっと意外な出来事が、ずっと記憶に残っているようです。
Uターンした臼杵市民の方からは、竹宵が生まれる前の着物姿での町歩きや撮影企画、石仏火祭りのかがり火、その後の行列など、町の催しが変わってきた記憶も届きました。
これは個人が見てきた変遷であり、すべてが竹宵の公式な成立経緯と確認されたわけではありません。
なかでも印象的だったのは、実家が開催地区にあり、自分の部屋が長年、行列の衣装置き場になっていたというお話。
訪れる人には一夜の幻想的な祭り。
でも地元の人には、日常の家や町までつながっている行事なんやね。
3)竹田の竹楽の思い出――「地元だから3日間うろついてます」

竹田市民の方からは、なんとも楽しそうな声がありました。
竹楽の期間中は3日間、町を歩き回っているそうです。
一度だけ見に行く観光客とは少し違う、祭りのある町で暮らす人ならではの楽しみ方です。
一方で「竹楽だけ行った」という人や、臼杵・竹田の両方を訪れたという人もいました。
竹田市の説明によると、竹楽は里山保全と竹の活用を目指す取り組みとともに育ってきた催しです。
城下町の光を楽しむ夜が、ふだん目に見えにくい山の手入れにもつながっている。
そう考えると、一本一本の灯りが少し違って見えてきます。
4)日田の千年あかりの思い出――豆田の食べ歩きも楽しみ

日田の「千年あかり」については、こんな声がありました。
毎年、豆田地区でどんなおいしいものを買えるかが楽しみだという人です。
灯りを見るだけでなく、毎年の食べ歩きも楽しみになる。
お祭りらしくて、なんだか分かる気がします。
その方は、町内の老人会の皆さんが竹灯籠の製作に取りかかる時期だとも教えてくれました。
豆田町や花月川の風景は、自然に光っているわけではありません。
竹を切り、加工し、並べ、灯す人たちがいます。
遠くから見ると無数の光でも、一本一本に誰かの手間がかかっているんやね。
5)三大竹あかりを全部巡った人、県外から通う人

「全部行ったことあります」
そんな声も複数ありました。
臼杵と竹田をまた訪れる予定だという人。
出張先の臼杵で竹宵に出合い、その後、大分に駐在してから竹楽と千年あかりも車で見に行った人。
さらに、熊本県から三つとも足を運び、最初に訪れた臼杵の竹宵に癒やされて以来、ずっと通っているという人もいました。
三大竹あかりは、県外から訪れる人の思い出にもなっています。
「全部見たい」と巡る人もいれば、「ここが一番好き」と通い続ける人もいる。
どちらも、その人なりの竹あかりとの付き合い方なのでしょう。
6)「知っちょんけど、行けてない」――行ったことがない人の声

今回のコメントには「どれも行ったことがない」という声も複数ありました。
知ってはいるけれど、まだ行けていない。
三つとも遠い。
車に乗らなくなって、全部は回れていない。
そんな事情が寄せられています。
大分県内の有名な行事でも、暮らす場所や移動手段によっては、気軽に行けるとは限りません。
「県民なら一度は行ったことがあるはず」とは決めつけられません。
もちろん、今回のコメントだけで県民全体の訪問割合が分かるわけでもありません。
そして「まだ行ったことがない」は、これから初めて出合う楽しみが残っている、ということでもあります。
7)竹灯籠を作る人、行列を支える人――祭りの裏側にある時間

三か所すべてを訪れた方から、こんな感想がありました。
どの祭りにも、たくさんのボランティアや、毎年続けている人たちがいて、頭が下がるというものです。
今回のコメントでも、日田で竹灯籠を作る老人会の人や、臼杵で行列の衣装を長く保管してきた家の話がありました。
竹田の竹楽にも、里山の竹を活かすという地域の取り組みがあります。
祭りの記念写真には、明かりが灯った完成形が写ります。
でも、そこに至るまでの準備や片付け、会場を守る仕事は、写真にはなかなか残りません。
三大竹あかりは、何百年も前から同じ形で続いてきた祭りというわけではありません。
1990年代後半から2000年代にかけて、それぞれの町の人たちが育ててきた秋の風景です。
続いてきた年数そのものが、町の人の積み重ねなんやね。
8)三大竹あかりだけじゃない。県内各地の灯りと火祭り

話題は、三つの竹あかりの外へも広がりました。
緒方町の「小松明(こだい)火まつり」もあるよ、という声。
臼杵の「石仏火祭り」に行ったという思い出。
「杵築にも行った」という人もいました。こちらはコメントだけでは催しの名前を特定できません。
これらは今回挙げた「大分三大竹あかり」と同じ催しではありません。
でも、火や灯りにまつわる風景が、県内各地の記憶に残っていることが伝わってきます。
三大という呼び名は入り口の一つ。
そこから自分の町の祭りを思い出すのも、こうした話題の面白さかもしれません。
まとめ――灯りの向こうに、町の人がいる

うすき竹宵、竹楽、千年あかり。
三つとも行った人。
ひとつだけ行った人。
地元で毎年楽しむ人。
県外から足を運ぶ人。
そして、まだどこにも行けていない人。
寄せられた記憶はさまざまでした。
でも、残っていたのは「竹灯籠がきれいだった」という感想だけではありません。
出張先で偶然出合った夜。
三日間歩き回る地元の町。
豆田で買うおいしいもの。
行列の衣装が置かれていた家。
竹を加工する地域の人たち。
竹あかりの光がともるのは、祭りの夜。そのために準備を重ねた時間や、見に来た人の記憶は、そのあとも残っていく。
そんな人の姿を知ると、いつもの町が灯りに包まれる一夜も、少し違って見えてきます。
あなたは三つのうち、一つでも行ったことある?
まだまだ思い出を募集中です。
行った場所や、忘れられない場面があったら教えてな〜。
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