大分弁の「のうなる」は、
物がなくなる時や、手元から失われる時に使う言葉です。
さらに、人について使うと
「亡くなる」 という意味にもなり、
場面によって受け取り方が変わる言葉でもあります。
この記事では、
- 大分弁「のうなる」の意味
- 生活感のある使い方・例文
- 標準語との違い
- 地域差
をまとめて紹介します。
大分弁「のうなる」とは?

大分弁の のうなる は、
「なくなる」
「失う」
「(人が)亡くなる」
という意味で使われます。
- 主に:物・人・状態
- 場面:探し物/別れ/日常会話
同じ言葉でも、
何について言うかで意味が変わるのが特徴です。
「のうなる」の意味【大分弁 → 標準語】
のうなる=なくなる/失う/亡くなる
ニュアンスのポイント
- 物が見当たらなくなる
- 手元から失われる
- 人に使うと「亡くなる」の意味になることがある
「さっき置いたはずの鍵が、もうのうなっちょる。」
=さっき置いたはずの鍵が、もうなくなっている。
生活感のある例文【意味が分かる形】
「財布がのうなった。」
=財布がなくなった
「大事な写真がのうなってしもうた。」
=大事な写真がなくなってしまった
「あの人は、もうのうなっちょる。」
=あの人は、もう亡くなっている
シチュエーション別
- 家庭
- 「冷蔵庫に入れちょったプリンがのうなっちょる。」
=冷蔵庫に入れていたプリンがなくなっている
- 「冷蔵庫に入れちょったプリンがのうなっちょる。」
- 日常
- 「気づいたら、バッグの中の小銭がのうなっちょった。」
=気づいたら、バッグの中の小銭がなくなっていた
- 「気づいたら、バッグの中の小銭がのうなっちょった。」
- 人について
- 「昔よう来よった人も、もうのうなった。」
=昔よく来ていた人も、もう亡くなった
- 「昔よう来よった人も、もうのうなった。」
※ 物には軽く使えますが、
人に使う時は場の空気や言い方で重みが変わります。
標準語との違い
- 標準語:なくなる/失う/亡くなる
- 大分弁:のうなる
標準語では「なくなる」と「亡くなる」は漢字で区別できますが、
大分弁の「のうなる」は、話し言葉の中でその両方を受け持つことがあります。
そのため、何が「のうなる」のかを文脈で受け取ることが大事です。
かぼみ目線の一言コラム
「のうなる」って、
軽い場面でも、重い場面でも使うけん不思議な言葉なんよね。
物が見当たらん時にも言うし、
人のことにも使える。
同じ形のまま、場面だけで意味の重さが変わるのが、大分の話し言葉らしいなぁと思うんよ。

地域差

大分弁の「のうなる」は、「なくなる/失う/亡くなる」まで広く受け持つ言葉で、県内でもかなり生活に根づいちょる表現っちゃ。
SNSのコメントを見ると、「財布がのうなった」「焼酎がもうのうなっちょん」みたいに物が見当たらん時にも、「両親のーなった」のように人が亡くなった時にも使われる。つまり意味そのものは共通しつつ、文脈で“物か人か”を聞き分ける言葉やね。
県内の地域差としては、「のうなる」派と「ねえなる」派が分かれるのが大きな特徴。
野津や宇佐では「ねえなった」「ねえならかす」が自然という声があり、日田では「のうなる」「ねえなる」の両方を使う人もおるみたい。さらに「のうならかす/ねえならかす」は“自分がなくしてしまう”、「のうなる/ねえなる」は“なくなった状態”を言う形で、きちんと使い分けが残っちょるのもおもしろい。
また「のうなる/ねえなる」を両方使っている人もおり、
気分など無意識の状態で使い分けているようでもある。
豆知識として、この「のうなる」は大分だけの特殊語というより、西日本に広くある「無うなる」の流れを引く言い方と考えると分かりやすいっちゃ。ただ、大分では「物が歩いて行ったんか?」と子どもをつっこむ会話みたいに、叱り言葉や家の中のやり取りに自然に溶け込んじょる。何かが“消えた”時の焦りや、ほんの少しの呆れまで乗せられる、生活感のある方言やね。
ただ、まだ把握できていない部分もあるので、分かり次第更新していきます。
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まとめ
- 「のうなる」=なくなる/失う/亡くなる
- 物にも人にも使われる
- 文脈で意味が変わる言葉
- 「ねえなる」「のおなる」など地域差も見られる
かぼみの大分弁講座では、
日常の軽さと人生の重さの両方を抱えた大分弁も、これからも一つずつ丁寧に残していきます。
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