【大分の記憶】子どもの頃、お盆に何しよった?

墓参り、親戚集合、盆踊り、やせうま――「泳いだらいけん」まで残る大分のお盆の記憶

子どもの頃、お盆って何しよった?

  • お墓参りに行く。
  • じいちゃん、ばあちゃんの家へ行く。
  • 親戚が集まる。
  • 盆踊りに行く。

そして家庭によっては、迎え火を焚いたり、仏壇に料理を供えたり。

一方で、

「お盆は海や川で泳いだらいけん」
「生き物を殺したらいけん」

と、じいちゃん・ばあちゃんから言われて育った人もかなりいました。

大分県民のお盆の記憶を集めてみると、単なる「帰省の時期」ではなく、ご先祖を迎える時間、親戚が集まる時間、地域の行事、そして子どもなりの楽しみや決まりごとが重なった数日間だったことが見えてきます。

今回は、そんな大分の「お盆の記憶」をたどってみます。


1)まずはお墓参り。お盆の記憶でいちばん多かった

今回、もっとも多く出てきたのは、やっぱりお墓参りでした。

父方と母方、両方のお墓へ行った。
祖父母の家に行き、そのまま墓参り。
親戚の家を回って、仏壇にも手を合わせた。

中には、

「母の実家は山の方なのに、お墓はさらに山の上だった」

という思い出も。

別の人は、大分駅から中山香まで電車に乗り、親戚に迎えに来てもらって、さらに山奥の実家へ。

そこから獣道のような道を通ってお墓参りに行ったそうです。

今なら車で近くまで行ける場所でも、昔は「お墓へ行く」こと自体がちょっとした移動だった家庭もあったんやね。


2)じいちゃん・ばあちゃんの家に、親戚が一斉に集まる

お盆といえば、親戚集合。

「親戚が集まって、しんけんにぎやかだった」

という声も多くありました。

父方と母方の両方に行くため、日にちをずらして集まっていた家庭も。

父方のおばあちゃんが元気だった頃。
母方のおじいちゃんが元気だった頃。

それぞれの家がお盆の集合場所になっていた、という記憶もあります。

親たちは酒を飲みながら夜遅くまで話す。

子ども同士は遊ぶ。

そして少し大きくなると、食器洗いなどを手伝う側になる。

子どもの頃には当たり前だった「親戚が一軒の家に集まる風景」も、今では少し珍しくなった家庭が多いのかもしれません。


3)迎え火を焚いて、ご先祖を迎える

家庭によっては、お墓参りだけでなく、迎え火の記憶も残っています。

墓参りから帰ってきたあと、家の前で火を焚く。

「仏さんが帰ってくるから」と灯りをつける。

そしてお盆が終わる頃には、今度は送り出す。

子どもの頃は詳しい意味を分からないまま、

「今日は火を焚く日」
「仏さんが帰ってくる日」

くらいに感じていた人も多かったのではないでしょうか。

でも大人になって振り返ると、そうした一つ一つの行為が、お盆らしさを作っちょったんよね。


4)昔は「送り」の形も、今とは違った

少し昔の記憶として、

「盆明けに、ご先祖が帰る時のご飯を持たせるということで、お供え物を海へ流した」

という声もありました。

現在では環境への配慮や地域のルールなどから、こうした形では行われなくなったところが多いと思われます。

ただ、昔のお盆には、

迎える。
一緒に過ごす。
そして送る。

という流れを、子どもにも分かる形で行っていた家庭があったことが分かります。


5)初盆では、灯籠もお盆の風景だった

初盆の灯籠を覚えている人もいました。

昼間、灯籠を持って歩く人を眺める。

知っている家が初盆なら、灯籠を担ぎに行く。

子どもにとっては、それが宗教行事だと細かく理解していなくても、

「今年はあそこの家が初盆なんや」

と、地域の出来事として自然に目に入っていたのかもしれません。

お盆は家の中だけではなく、町内全体の空気が少し変わる時期でもあったんやね。


6)夜になると盆踊り。お盆の“子どもの楽しみ”でもあった

お墓参りと並んで多かったのが、盆踊りです。

近所の盆踊り。
公民館の盆踊り。
辻で行われる盆踊り大会。

祖父母の家のすぐ裏で盆踊りがあり、叔父さんが「口説き」と呼ばれる盆踊りの歌を担当していたという記憶もありました。

星空がとてもきれいだった。

親戚みんなで参加した。

そんな風景まで一緒に残っています。

今では盆踊りそのものがなくなった地域もあるという声があり、

「昔はあったんやけど、今はない」

という少し寂しい記憶にもなっていました。


7)お盆の食卓には、それぞれの家の定番があった

お盆の記憶には、食べ物も欠かせません。

そうめん。
スイカ。
手巻き寿司。

小アジを酢で締めた握り寿司や、アジの刺身を食べていたという家庭もありました。

親戚が集まるから、普段より食卓がにぎやかになる。

大皿料理が並び、子どもたちは好きなものを取って食べる。

「お盆だからこれを食べる」と決まった料理がある家もあれば、親戚が集まること自体がごちそうだった家庭もありそうです。


8)大分のお盆に出てくる「やせうま(ひきのべ)」

今回、特に大分らしい食の記憶として出てきたのが、やせうまです。

小麦粉をこねて伸ばし、茹でたものに、きな粉やあんこをまぶして食べる大分の郷土料理。

臼杵周辺などでは、

「ひきのべ」
「ひきのべだんご」

と呼ぶ家庭もあります。

お盆になると作り、まず仏壇に供えてから食べたという人もいました。

きな粉。
茹で小豆。

二種類用意されていた家庭も。

「ばあちゃんが作ってくれるやせうまがおいしかった」

という声は、料理そのものというより、おばあちゃんとの記憶として残っちょる感じがします。


9)ただし、「やせうま=お盆」は全家庭共通ではない

ここは少し注意したいところです。

やせうまを、

「お盆だけではなく、一年中食べていた」

という家庭もあります。

日常のおやつとして、お母さんが小麦粉から作ってくれていた人も。

また別の地域では、やせうまではなく、

「盆だご」

を必ず作るという声もありました。

きな粉砂糖をまぶして食べる、シンプルなお団子。

つまり、

大分のお盆=全員がやせうま

というわけではありません。

地域や家庭によって、やせうま、ひきのべ、盆だごなど、それぞれの「お盆の粉もの」があったようです。


10)「お盆は泳いだらいけん」

今回、とても多かったのがこの記憶です。

「お盆に入ったら泳ぐな」

海でも川でもダメ。

子どもの頃に、親や祖父母からそう言われた人がかなりいました。

「引き込まれる」
「水辺へ近づいたらいけん」

という言い方をされた人もいます。

夏休み真っただ中。

子どもとしては、海にも川にも行きたい時期です。

それでもお盆だけは、

「今日はダメ」

と言われる。

理由をきちんと理解していなくても、その決まりだけは妙に覚えちょる人が多いようです。


11)「お盆は殺生したらいけん」とも言われた

水遊びだけではありません。

「お盆は殺生したらいけん」

と教えられた人も多くいました。

魚を釣らない。
昆虫を捕まえない。
動物を傷つけない。

墓参りに行った先にきれいな川があり、魚が泳いでいる。

いつもなら釣りたい。

でも、

「お盆やけん釣ったらいけん」

と言われ、ただ魚を眺めていたという思い出もあります。

花を摘もうとしたら、

「殺生したらバチが当たる」

と叱られたという人まで。

子どもにとっては、

「じゃあ蚊はどうなん?」

と疑問に思うところまで含めて、お盆の思い出になっちょるんよね。


12)迷信だけではなく、水辺から遠ざける知恵でもあったのかもしれない

「お盆に泳ぐと引き込まれる」

という話は、今の感覚なら迷信と感じる人もいるでしょう。

ただ、夏の水辺には昔から危険があります。

川の流れ。
海の潮。
急な深み。

そして、

「お盆を過ぎるとクラゲが出る」

と言われていた家庭も多くありました。

信仰や習俗としての意味と、子どもを危険な場所から遠ざける生活の知恵。

その両方が重なって、

「お盆は水辺へ行ったらいけん」

という強い決まりとして伝わってきたのかもしれません。


13)子どもにとっては、親戚の子と遊べる数日間でもあった

お盆は大人にとっては墓参りや親戚付き合いの時期。

でも子どもから見れば、

普段会わないいとこたちと遊べる日

でもあります。

昼間はセミ捕り。

夜は花火。

親たちは酒を飲みながら話している。

子どもは子どもで、いつもより遅くまで起きて遊ぶ。

盆踊りへ行く。

そう考えると、お盆は少し前の子どもたちにとって、正月とはまた違う「親戚集合イベント」だったんやろうね。


14)帰省そのものが、子どもには旅行だった

祖父母の家が遠い家庭では、お盆の帰省そのものが夏休みの大イベントです。

電車で田舎へ行く。

親戚に駅まで迎えに来てもらう。

数日泊まる。

別の家庭では、豊後大野、別府、玖珠と親戚の家が離れていて、2日間かけて親戚回りをしたという記憶もあります。

福岡の親戚まで足を延ばし、ついでにスペースワールドへ行ったという人も。

大人には「親戚回り」でも、子どもにはちょっとした旅行。

お盆には、そんな側面もありました。


15)もちろん、「特に何もしなかった」家庭もある

ここまで見ると、

「大分県民はみんな親戚で集まり、墓参りして、盆踊りしよった」

ように見えてしまいます。

でも、そうではありません。

「どこへも行かなかった」
「誰も来なかった」
「親戚との交流自体がなかった」

という家庭もありました。

家族の形も、人間関係もさまざま。

同じ大分県、同じ時代でも、お盆の過ごし方は家庭によって大きく違います。

だからこそ、

「うちはこうやった」

という一つ一つの記憶がおもしろいんよね。


16)昔のお盆と、今のお盆は少し違う

今回の話には、

「昔は盆踊りがあったけど、今はない」
「昔は親戚みんなで集まっていた」
「祖父母が元気だった頃までは集まっていた」

という声がいくつもありました。

家族が遠くに暮らすようになった。

親戚の人数が減った。

地域の盆踊りがなくなった。

昔とは同じ形で続けられなくなった習慣もあります。

それでも、

お墓参りをする。
仏壇に手を合わせる。
帰省する。

形は変わっても、お盆を「家族やご先祖を思い出す時期」として感じる人は、今も多いのかもしれません。


結局、大分県民の子どもの頃のお盆って何しよった?

今回の声をまとめると、

  • お墓参り
  • 祖父母の家へ帰省
  • 親戚が集合
  • 仏壇参り
  • 迎え火・送り
  • 初盆の灯籠
  • 盆踊り
  • 花火
  • やせうま・ひきのべ・盆だご
  • そうめんや寿司などのごちそう
  • 「泳いだらいけん」
  • 「殺生したらいけん」

など、本当にいろんな記憶が出てきました。

でも、それらに共通しているのは、

普段とは少し違う数日間だった

ということなのかもしれません。

普段会わない親戚が来る。
仏壇の前にいつもと違う料理が並ぶ。
夜になると火を焚く。
盆踊りへ行く。

そして、海や川へ行こうとすると、

「今日はお盆やけん、行ったらいけんで」

と止められる。

子どもの頃は意味をよく分かっていなかったことも、大人になると、

「あれもお盆の風景やったんやなぁ」

と思い出す。


まとめ――お盆の記憶は、ご先祖の話だけじゃない

お盆というと、まず思い浮かぶのは墓参りかもしれません。

でも子どもの頃の記憶をたどると、その周りにはもっといろんなものがあります。

ばあちゃんの作ったやせうま。
親戚で囲んだ食卓。
盆踊りの音。
夜の花火。
迎え火。
山の中のお墓まで歩いた道。

そして、

「お盆は泳いだらいけん」
「生き物を殺したらいけん」

と教えてくれた、じいちゃんやばあちゃんの声。

一つ一つは小さな記憶でも、全部合わせると、その家、その地域の「お盆」になります。

今はなくなった習慣もある。

続いている習慣もある。

それでも、8月になるとふと思い出す風景がある。

それが、それぞれの家庭に残る大分のお盆の記憶なんやろうね。


※この記事は、SNSで行った「子どもの頃、お盆に何かしよった?」という呼びかけに寄せられた声をもとに整理したものです。


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