【大分の記憶】子どもの頃、夏休みの朝にラジオ体操へ行きよった?

毎朝6時半、出席カードとハンコ。体操の後は遊ぶ約束をした“大分の夏の朝”

夏休みの朝、眠たい目をこすりながら、出席カードを持って近所の公園へ。

ラジオから流れる音楽に合わせて体を動かし、終わったら高学年や町内の大人にハンコを押してもらう。

「毎朝欠かさず行った」
「7月は行ったけど、8月は眠気に負けた」
「最初と最後だけ顔を出した」
「ほとんど寝坊して行かんかった」

大分県民に子どもの頃のラジオ体操について聞いてみると、参加の仕方は人それぞれでした。

ただ、臼杵、佐伯、別府、大分市、日出、県南など、県内の広い地域から記憶が集まっています。

公園、小学校、空き地、駐車場、個人の家の庭。
会場も、期間も、運営方法も違う。

それでも、多くの人の記憶に共通していたのは、ラジオ体操が単なる運動ではなく、地域の子どもたちが朝に集まる場所だったことです。

今回は、大分県民の夏休みにあったラジオ体操の記憶をたどってみます。


1)大分県内の広い地域で、夏休みの定番だった

今回の声では、大分市、別府市、臼杵市、佐伯市、日出町、県南など、県内のさまざまな地域から「行きよった」という回答がありました。

喜寿世代や60代、50代の人だけでなく、40代、20代からも記憶が寄せられています。

旧南海部郡の分校で、ほぼ毎日行っていた。
臼杵では、近くの空き地に小学生が集まっていた。
大分市では、町内ごとに公園や学校で行っていた。
別府では、地区の公園や歯科医院の駐車場が会場だった。
日出町では、高学年の子どもの家に集まっていた。

少なくとも今回の回答を見る限り、ラジオ体操は一部の地域だけのものではなく、県内のかなり広い範囲にあった夏休みの習慣だったようです。

ただし、すべての地域が同じ期間・同じ方法で行っていたわけではありません。

8月31日まで毎朝あった地区もあれば、お盆頃までの地区、最初の一週間だけの地区もありました。


2)会場は、公園だけではなかった

夏休みのラジオ体操といえば、近所の公園を思い浮かべる人が多いかもしれません。

実際に、

  • 町内の公園
  • ちびっこ広場
  • 若草公園
  • 小学校の校庭
  • 地区の空き地

といった場所が挙がりました。

しかし、会場はそれだけではありません。

歯科医院の駐車場。
以前あった焼肉店の駐車場。
個人の家の庭。
高学年の子どもの家の前。
道路沿いの少し広い場所。
小学校の分校。

地域の中で子どもが集まりやすく、ラジオを置ける場所なら、そこが夏の朝の体操会場になっていたようです。

大きな施設を準備するのではなく、その町内にある場所を使って、地域ごとに続けていたんやね。


3)高学年になると、参加者から“運営する側”になった

ラジオ体操の記憶で多かったのが、高学年の役割です。

6年生が前に立って、みんなのお手本をする。
班長が出席カードにハンコを押す。
高学年がラジオ係を担当する。
ラジカセやカセットテープを、次の学年へ引き継ぐ。

低学年の頃は、眠たいまま大人や上級生についていくだけ。

しかし高学年になると、前に立って体操したり、音を流したり、出席を確認したりする側になります。

町内によっては、大人がすべて準備するのではなく、子どもたち自身がかなり運営していたようです。

中には、自分が地区の班長になった時に、

「ラジオ体操より宿題をした方がよくない?」

と考え、最初の一週間で終了させたという思い出もありました。

しかも、その一週間のうち何日かは日付を間違えて本人が参加できず、副班長に怒られたそうです。

こういう少し抜けた話まで含めて、夏休みらしい記憶やなぁと思います。


4)朝6時30分の生放送派と、録音を流す派

ラジオ体操の時間については、NHKの放送に合わせて朝6時30分頃に集合していたという声がありました。

ラジオ体操の歌から始まり、そのまま放送に合わせて体操する。

眠たい子どもにとって、夏休みでも朝6時台に起きるのはなかなかの試練です。

一方で、生放送ではなく録音を使っていた地区もありました。

大きなラジカセでカセットテープを流す。
実際の放送時間から30分ほどずらして行う。
高学年がラジカセとテープを代々引き継ぐ。

同じ町内でも、親世代の頃は生放送、子どもの世代になると録音に変わったという声もありました。

今ではスマートフォンや地区放送で簡単に音源を流せますが、昔はトランジスタラジオや大きなラジカセが、夏の朝の中心にあったんよね。


5)出席カードのハンコが楽しみだった

ラジオ体操そのものより、出席カードにハンコを押してもらうことを楽しみにしていた人も多くいました。

体操が終わると、子どもたちが順番に並ぶ。

高学年の班長、子ども会の役員、近所の大人や先生などが、カードの日付欄にハンコを押していきます。

地域によってはハンコではなく、シールだったという声もありました。

カードの配布元については、郵便局やかんぽの名前を覚えている人、地元企業の名前を記憶している人など、回答が分かれています。時期や地域によって、使われていたカードが違った可能性もありそうです。

全部の欄を埋めると、

  • 鉛筆
  • ノート
  • 文房具
  • お菓子

などをもらったという思い出もありました。

皆勤賞を目指して毎朝通った人にとって、カードいっぱいに並ぶハンコは、夏休みを頑張った証しだったんやろうね。


6)毎朝行く人もいれば、途中で消える人もいた

ラジオ体操への参加状況は、かなり分かれました。

毎朝行く派

「ほぼ毎日行った」
「お盆を除いて毎朝あった」
「8月31日までみっちり参加した」
「班長だったので毎日行った」

という人たちです。

高学年の係や班長になると、休みにくかったという事情もありそうです。

最初は張り切る派

出席カードをもらった直後は、早起きして毎日通う。

しかし、7月は行けても、8月になると眠気に負ける。
途中から時々しか行かなくなる。
夏休みの宿題に追われ、最後は行かなくなる。

このパターンもかなり多かったようです。

最初と最後だけ派

夏休みの初めに何度か参加し、しばらく休む。

そして終盤になると、カードの空欄や周囲の目が気になって再び参加する。

毎日ではないけれど、完全には消えない。そんな絶妙な参加の仕方です。

ほとんど行かない派

「寝坊してほとんど行っていない」
「毎日は行かなかった」
「休みの日は早起きできるのに、体操には行かなかった」

という人もいました。

大分県民だからといって、全員が真面目に毎朝参加しよったわけではないんよね。


7)「行きよった」より、「行かされよった」

子どもの頃の感覚をよく表していたのが、

「行きよったというか、行かされよった」

という声です。

夏休みなのに朝早く起こされる。

眠たいままカードを持って外へ出て、みんなの前で体操する。

子どもにとっては、自分から健康のために参加するというより、親や地域から「行ってきなさい」と送り出される行事だったのかもしれません。

ただ、体操が終われば、蝉を取りに行ったり、友達と遊んだり、家に帰って朝ごはんを食べたりする。

嫌々起きた朝でも、終わった後には夏休みらしい一日が待っていました。


8)体操の後に、遊ぶ約束をした

ラジオ体操は、運動の場であると同時に、子どもたちが朝一番に顔を合わせる場所でもありました。

体操が終わった後に、

「今日どこで遊ぶ?」
「プール行く?」
「蝉取りしよう」

と、その日の予定を決める。

早めに会場へ行き、石を駒にして将棋のような遊びをしながら待っていた人もいました。

体操よりも、行き帰りの虫探しが楽しみだった人もいます。

街灯の下にカブトムシやクワガタがいないか探す。
ラジオ体操をさぼって、クワガタ取りへ行く。
体操後に蝉取りをする。
そのまま毎日のようにプールへ行く。

ラジオ体操は、一日の目的というより、夏休みの遊びを始めるための集合時間でもあったんやろうね。


9)近所のおじいちゃん、おばあちゃんも参加していた

ラジオ体操には、子どもだけでなく、近所の大人や高齢者も参加していました。

子どもたちと一緒に体を動かす人。
趣味として毎朝参加する人。
ラジオやハンコを担当する人。
会場を提供する人。

町内の子どもが多かった時代には、朝になると公園や空き地に子どもが集まり、そこへ近所の人も加わります。

今のように事前に連絡を取り合わなくても、毎朝同じ時間に顔を合わせる。

子どもの健康づくりだけでなく、町内の人同士が顔を知る機会にもなっていたのかもしれません。


10)昔は毎日、今は最初の一週間だけ?

世代による違いとして目立ったのが、開催期間の短縮です。

親世代の頃は、

  • 夏休み中ほぼ毎日
  • お盆まで
  • 8月31日まで
  • お盆だけ休み

という地域がありました。

一方、子どもの世代では、

「最初の一週間だけ」
「数日間だけ」
「地域によっては行われなくなった」

という話もあります。

子どもの人数が減ったこと。
町内会や子ども会の運営負担。
保護者が朝に付き添いにくくなったこと。
夏の暑さへの配慮。

さまざまな事情が考えられます。

ただ、現在も地区放送で毎朝ラジオ体操を流している地域もあるそうです。

昔とまったく同じ形ではなくても、夏の朝の音として残っている場所はあるんやね。


11)地域差より、町内と年代による違いが大きそう

今回の回答では、大分市、別府、臼杵、佐伯、日出、県南など、県内各地にラジオ体操の記憶がありました。

そのため、県北にはあって県南にはない、といった明確な地域差はあまり見えてきませんでした。

それよりも違いが大きかったのは、

  • 町内会や子ども会の方針
  • 会場として使える場所
  • 子どもの人数
  • 高学年や保護者の運営方法
  • 生放送か録音か
  • 夏休み中ずっと行うか、短期間だけか
  • ハンコかシールか

といった、地区単位・年代単位の違いです。

同じ市内でも、隣の町内では時間や期間が違っていた可能性があります。

「大分県のラジオ体操」という一つの形があったのではなく、それぞれの地域が、自分たちなりのやり方で続けていたんやと思います。


名前を聞くだけで、夏休みの朝が戻ってくる

ラジオ体操そのものを、細かく覚えていない人もいます。

毎日行ったかはっきりしない。
何時に集まっていたか忘れた。
どんなハンコだったか覚えていない。

それでも話を聞いていくと、

大きなラジカセ。
首から下げた出席カード。
眠たい朝。
公園の土の匂い。
近所のおじいちゃん、おばあちゃん。
虫を探した帰り道。
友達と決めた、その日の遊び。

そんな周辺の風景が次々と出てきました。

ラジオ体操は、一回数分の運動です。

でも、その短い時間の周りには、地域の人や友達、夏休みの遊びが集まっていました。

毎朝真面目に行った人も、途中で行かなくなった人も、寝坊してほとんど参加しなかった人もいる。

それでも「夏休みのラジオ体操」と聞けば、それぞれの夏の朝が戻ってくる。

ラジオ体操は、大分県民にとって、運動というより夏休みの一日が始まる合図だったのかもしれません。


※この記事は、SNSで行った「子どもの頃の夏休み、朝のラジオ体操に行きよった?」という呼びかけに寄せられた声をもとに整理したものです。


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