【大分の記憶】子どもの頃、みんなで何して遊びよった?

パッチン、ビーロン、Sケン、ケイドロ、そしてファミコン――遊びの名前から見えてくる大分の子ども時代

「パッチン」って分かる?

「ビーロン」は?

「Sケン」「くちく」「にくどん」「ねこどん」になると、知っちょる人には懐かしいけど、知らん人にはもう呪文みたいです。

子どもの頃に流行った遊びを大分県民に聞いてみると、本当にいろんな名前が出てきました。

パッチン。
ビー玉。
独楽。
ゴム跳び。
Sケン。
ケイドロ。
六むし。
釘刺し。

そして時代が進むと、

ゲームウォッチ。
インベーダー。
パックマン。
ファミコン。

ただ、今回おもしろかったのは「何で遊んだか」だけではありません。

昔の記憶には、

空き地。
道路。
学校。
神社。
駄菓子屋。

と、遊んでいた場所まで一緒に残っていました。

昔の子どもの遊びをたどっていくと、その時代の町の姿まで少し見えてきます。


1)半世紀以上前、「外には遊び場所がいっぱいあった」

昭和20年代後半生まれの方や、昭和30年代に小学生だった方の記憶では、まず外遊びの種類がしんけん豊富です。

パッチン。

ビーロン。

ケンカ独楽。

釘刺し。

石けり。

チャンバラごっこ。

自作の凧。

カブトムシ捕り。

特別な遊具がなくても、身の回りにあるものを使えば遊びになります。

昭和30年代、佐伯市弥生では、

「ぱっちん」「チャンバラごっこ」「ビー玉」

が男の子たちの定番だったという記憶も。

別の60代からは、

「まだ車が我が物顔で道路を走りよらんかった時代」

という言葉もありました。

津久見の中央通りでゴム跳びや「かかし」をしていたという人も、

「車もそんなに走ってなかったからね」

と振り返っています。

今では道路は「移動する場所」ですが、当時は場所によっては、道路まで子どもの遊び場になり得たんやね。


2)パッチン、ビーロン、独楽――小さな道具ひとつで遊びが広がった

古い世代から特に多く出てきたのが、

パッチン。

いわゆるメンコです。

ただ、当時の子どもにとっては「メンコ」より「パッチン」の方が自然だったという声があります。

低学年の頃、パッチンの裏に親が名前を書いていたため、

「勝っても、かてちもらえんかった」

という思い出まで残っています。

ビー玉にも、

穴入れ。
三角出し。
目落とし。

など、いろいろな遊び方があったそうです。

独楽も、ただ回すだけではありません。

ケンカ独楽をしたり、自分で芯を入れ替えたりする。

ガラス戸の鍵に使っていた真鍮の部品を独楽の芯に使って、家の人から怒られたという話までありました。

既製品を買って終わりではなく、遊び方や道具まで自分たちで工夫する。

そこにも昔の遊びらしさがあります。


3)「ビー玉」だけでも、ビーロン・ちょうれん・ショーリン

今回特に面白かったのが、呼び名の違いです。

一般的には「ビー玉」と呼ばれるものでも、

「ビーロン」
「ちょうれん」
「ショーリン」

という記憶が出てきました。

大分市の古い世代では「ビーロン」という声が複数あります。

一方で「ちょうれん」と呼んでいたという人も。

さらに「ショーリン」という呼び方も出てきました。

今回のコメントだけでは、それぞれが大分県内のどの範囲で使われていたのか、同じ遊び方まで含めた呼称だったのかまでは断定できません。

でも、

同じビー玉を見ても、頭に浮かぶ名前が人によって違う。

それ自体が、しんけん面白い記憶です。

昔の遊びには、説明書より先に、

「上の子から教えてもらう」

文化があったんやろうね。


4)Sケン、くちく、六むし――今聞くと“呪文”みたいな遊びたち

今回たくさん出てきたのが、複数人で体を動かす集団遊びです。

Sケン。

ねこどん。

にくどん。

くちく。

面積取り。

陣地。

六むし。

十字架。

天下。

ひょうたん。

並べてみるだけで、

「何の話?」

となる人もおるかもしれません。

昭和40年代の大分市では、「くちく」を昼休みに毎日のようにしていたという記憶があります。

赤白帽子のつばを使って「王」「スイ」「クチ」などの役割を示し、相手チームと戦う遊びだったそうです。

佐伯方面からは「六むし」。

ボールを一定回数やり取りする間に相手が陣地を移動し、移動中の相手にボールを当てる――そんな遊びだったという記憶が残っています。

ただ、こうした昔遊びは、地域や学校によってルールが違った可能性もあります。

だからこそ、

「うちではこうやった」

が出てくるのがおもしろいところです。


5)ケイドロ? ドロケイ? ドロケン?――名前が変われば地域の記憶になる

警察役と泥棒役に分かれて遊ぶ、あの遊び。

ある人は、

「ケイドロ」。

別の人は、

「ドロケイ」。

さらに、

「ドロケン」。

同じような遊びでも、呼び方が違います。

「自分の地域はドロケン派だった」という人もいれば、

「うちはケイドロだったけど、ドロケイと呼ぶところもあると聞いた」

という声も。

遊びの名前は教科書で全国統一されるものではありません。

兄弟や友達、上級生から口伝えで広がっていく。

だから数十km離れただけで、名前やルールが少し変わることもあったのかもしれません。

昔遊びは、ちょっとした方言みたいなものだった。

そんな見方もできそうです。


6)学校・神社・空き地・道路――町そのものが遊び場だった

何をして遊んだかと同じくらい印象的なのが、

どこで遊んだか。

学校では、

ドッジボール。
陣取り。
ケイドロ。
Sケン。

家へ帰れば、

空き地でビー玉。

友達の家の庭で遊ぶ。

神社では、駄菓子屋で買ったカードやビー玉で遊ぶ。

草滑り。

木登り。

公民館の周りで野球やサッカー。

昭和30〜40年代を中心とした記憶を見ると、専用の遊び場へ行かなくても、

身の回りの町そのものが遊び場になっていた

ことが見えてきます。

「何もない」ように見える場所でも、子どもが集まれば遊びが生まれる。

そこが今振り返ると、昔の子ども時代の特徴の一つなのかもしれません。


7)駄菓子屋は、遊び道具を仕入れる“基地”でもあった

以前の「駄菓子屋」の記憶ともつながります。

ビー玉。

パッチン。

カード。

独楽。

こうした遊び道具は、駄菓子屋で買ったという記憶が残っています。

昭和50年頃の大分市では、仮面ライダーやウルトラマンの四角いカードを買い、パッチンと同じように遊んでいたという人も。

当たりが出るとカードアルバムがもらえる。

買ったら、そのまま神社へ行って遊ぶ。

つまり、

駄菓子屋で道具を手に入れる → 近くの神社や空き地へ移動 → みんなで遊ぶ

という一連の流れがあったわけです。

駄菓子屋は、お菓子を買うだけでなく、遊びのスタート地点でもあったんやね。


8)ファミコンが来ても、すぐに外遊びが消えたわけではない

50代前半の人からは、

「ちょうどファミコンが出た世代」

という声があります。

でも、その人が挙げた遊びは、

Sケン。
ケイドロ。
ビー玉。
パッチン。
ねこどん。

と、ほとんど外遊び。

そのうえで家へ帰ればファミコン。

別の人も、

小学生の頃はドロケイや馬乗り。

中学生頃になると、駄菓子屋やゲームセンターでインベーダーやパックマン。

遊びが、

外遊びからテレビゲームへ一気に入れ替わった

というより、

しばらくは両方が同時に存在していたようです。

ゴム跳びをして、探検ごっこをして、家ではファミコン。

ゲームウォッチもやる。

ローラースケートもする。

漫画も読む。

遊びの選択肢が少しずつ増えていった時代だったんやろうね。


9)誰かが新しいルールを作れば、明日からそれが流行る

今回の中で、昔の子どもの遊びをよく表していると感じた言葉があります。

ある人の友達には、

新しい遊びやルールを考えるのが得意な子

がいたそうです。

名前すらない。

でも、その子が考えた遊びを、しばらくみんなで毎日のようにやる。

やがて別の遊びが流行る。

ゲームソフトも説明書も必要ありません。

地面。

石。

ボール。

帽子。

友達。

それだけあれば、新しい遊びができる。

だから同じ「Sケン」でも、

学校によって少しルールが違ったり、

地域によって名前が変わったりしたのかもしれません。

昔の遊びは、完成品ではなく、子どもたち自身が作り続けていたものだった。

今回の記憶からは、そんな姿も見えてきました。


まとめ――遊びの名前をたどると、昔の町まで見えてくる

子どもの頃の遊びを聞いてみると、

パッチン。

ビーロン。

Sケン。

六むし。

くちく。

ケイドロ。

ファミコン。

と、懐かしい名前が次々に出てきました。

でも、本当に残っているのは遊びの名前だけではありません。

道路でゴム跳びをしたこと。

学校の昼休みに毎日同じ遊びをしたこと。

駄菓子屋でカードを買い、神社へ走ったこと。

空き地に穴を掘ってビー玉をしたこと。

友達が考えた名前もない遊びに、みんなで夢中になったこと。

遊びの記憶の向こうには、その頃の町の姿があります。

そして昭和の外遊びからゲームセンター、ファミコンへ時代が移っても、

「友達と集まって、しんけん遊ぶ」

というところは案外変わっていません。

もしかすると、一番懐かしいのは、

パッチンでもファミコンでもなく、

「今日は何して遊ぶ?」だけで一日が始まった頃

なのかもしれんね。

※この記事は、SNSで行った「子どもの頃、みんなで流行った遊びあった?」という呼びかけに寄せられた記憶をもとに整理したものです。


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