【大分の記憶】子どもの頃、学校帰りに寄り道しよった?

「寄り道禁止」やったのに、川・神社・駄菓子屋……帰り道そのものが遊び場だった頃

子どもの頃、学校帰りに寄り道しよった?

先生からは、

「寄り道せんで、まっすぐ帰りなさい」

と言われる。

家でも、

「一回帰ってから遊びに行きなさい」

と言われる。

それでも帰り道には、気になる場所がいっぱいありました。

川。
水路。
神社。
駄菓子屋。
貸本屋。
友達の家。

ただ今回の記憶を集めてみると、全員が寄り道しよったわけでもありません。

学校が家の目の前だった人。

片道4km歩いていて、寄り道どころではなかった人。

田舎で、そもそも寄る店がなかった人。

逆に、帰り道そのものが川沿いや山道で、**「毎日が寄り道みたいなもんやった」**という人もいます。

今回は、そんな大分県民の「学校帰り」の記憶をたどってみます。


1)「寄り道は禁止」――でも、守るとは限らなかった

まず目立ったのが、

「寄り道は禁止やった」

という記憶です。

学校からも親からも、

「一回家に帰りなさい」

と言われていた。

それでも、

友達の家へ行く。
駄菓子屋へ寄る。
川へ下りる。

そして帰宅すると、

「どこに寄り道しちょったんな!」

と怒られる。

そんな人も少なくありませんでした。

特に印象的なのが、小学1年生の時、新しいおもちゃを買った友達の家へ寄ったという話。

気づけば夕方5時。

家へ近づくほど、

「母ちゃん怒っちょるやろうな……」

と足取りが重くなる。

案の定、家の近くでは母親が仁王立ち。

ところが一緒についてきてくれた友達が、

「おばちゃん、僕が誘ったんです!」

とかばってくれたそうです。

結局、しっかり怒られたそうですが、何十年たっても友達の名前まで覚えています。

寄り道の記憶って、場所だけじゃなく、こういう小さな友情まで残るんよね。


2)そもそも「寄り道できんかった」子どももいる

一方で、

「寄り道したことがない」

という声も意外とありました。

理由の一つは、学校が近すぎること。

家の目の前が小学校。

徒歩1分もかからない。

徒歩4分。

これでは、寄り道する時間そのものがありません。

ランドセルを置いてから、改めて遊びに出る。

そんな生活です。

逆に、学校が遠すぎる人もいました。

小学校まで片道1km。
中学校は2kmに加えて急坂。

さらに片道4kmという人も。

そこまで歩くと、

「寄り道どころの話ではない」

となります。

ただ4km歩いていた人は、途中の畑の畔に咲く花などを眺めながら帰っていたそうで、

「それを寄り道と言うのかもしれん」

という話も。

寄り道できるかどうかは、性格より先に、家と学校の位置関係でかなり決まっちょったのかもしれません。


3)店がなくても、川・水路・神社があれば寄り道になる

田舎では、

「寄るような店がなかった」

という声があります。

でも、店がないから何もなかったわけではありません。

むしろ昔の通学路には、今なら遊び場として考えにくい場所がありました。

川。

水路。

土手。

神社の裏山。

防空壕。

大分市の50代からは、幅50cmほどの流れの速い水路で遊んだ記憶が寄せられました。

石を組み合わせて、水の中に渦を作る。

葉っぱを流して、

「どっちの渦が強いか」

を競う。

本人も今になって、

「なんであんなことが楽しかったんやろう」

と振り返っています。

でも、こういう遊びこそ、昔の子どもの放課後らしいんよね。


4)川沿いの帰り道は、そのまま遊び場だった

川の記憶も強く残っています。

川沿いの堤防を通って学校へ。

帰りには必ず川へ下りて遊ぶ。

そして、だいたい靴の中までびしょびしょ。

ある日は魚の背びれのようなものを見つけ、みんなで追い込んで捕まえた。

じゃんけんに勝った子が持ち帰り、

「川で鯛とった!」

と父親に見せると、

「川に鯛がおるか。それはチヌじゃ」

と笑われた。

今なら「寄り道」という言葉から店を想像しがちですが、昔の子どもにとっては、

川へ下りることも、立派な寄り道

でした。

もちろん現在は水路や川、防空壕などには危険もあるため、当時の遊びをそのまま勧められるものではありません。

それでも、昔の通学路と自然との距離が、今よりかなり近かったことは伝わってきます。


5)駄菓子屋・貸本屋・本屋――店に寄る楽しみもあった

市街地や学校周辺に店がある地域では、また違った寄り道がありました。

駄菓子屋。

貸本屋。

本屋。

大分市の60代からは、小学校のすぐ前にあった貸本屋へ、ほぼ毎日のように寄ったという記憶があります。

10円で漫画を一冊借りる。

帰り道に読みながら帰る。

翌日また返して、続きを借りる。

当時夢中になったのは、楳図かずおの漫画だったそうです。

別の人は、学校のすぐ近くにあった駄菓子屋へよく寄っていました。

遠足のおやつもそこで購入。

まだ消費税のない時代なので、決められた金額ぴったりになるよう、駄菓子を組み合わせて買ったという記憶もあります。

前回の「駄菓子屋」の記憶ともつながりますが、駄菓子屋は放課後の生活圏の中に自然に組み込まれちょったんよね。


6)なぜか先生公認で、駄菓子屋へ寄る日もあった

おもしろいのが、

「寄り道は禁止なのに、先生から駄菓子屋へ行けと言われる」

という話です。

学校の前にあった店でノートなどを扱っており、

「ノートがなくなりよんけん、今日帰りに○○屋で忘れんごと買って帰るんで」

と先生から言われていたという記憶。

普段なら寄ったら怒られる。

でも文房具を買う日は先生公認。

今より学校と近所の商店との距離が近かった時代ならではの光景です。

駄菓子屋と文房具店の境目が曖昧だったことも、前回の記事で見えてきた大分の昔の風景とつながります。


7)寄り道じゃなくて「近道」――子どもだけの帰宅ルートもあった

寄り道ではなく、

「近道しよった」

という人もいます。

ただし、そのルートがなかなか大胆です。

人の家の玄関横から庭へ入り、


こそこそ通過。

最後は塀をよじ登ってショートカット。

ところがある日、玄関先に大きな犬がつながれていて、その近道は使えなくなったそうです。

今なら当然おすすめできませんが、子どもは時々、

「公式の通学路」より
「自分たちだけの道」

を作ります。

佐伯市弥生では、一般道とは別に「お寺の道」と呼ばれるルートがあったという記憶もありました。

山の中の細道。

急坂。

杉林。

寺と墓地。

昔の防空壕。

昭和30〜40年代の小学生にとっては、そこが、

アスレチックと肝試しを一緒にしたような“第2の通学路”

だったそうです。

帰宅するだけなのに、ちょっとした冒険だったんやね。


8)年代が上がると、「寄り道」の中身も変わる

今回のコメントを見ると、年代・学年による変化も見えてきます。

50〜60代の小学生時代では、

川。
水路。
神社。
駄菓子屋。
貸本屋。

といった自由な寄り道の記憶が目立ちます。

一方、大分市の20代からは、

「学校帰りに学研へ行っていた」

という声。

別の人も、

小学校では寄り道禁止。

中学校では部活で帰宅が遅くなり、

高校になると友達と話しながら帰ったり、雑貨店や友達の家へ寄ったりしたそうです。

佐伯の50代からも、

小中学校時代は田舎だったので一度帰宅してから遊ぶ。

高校になると、バス待ちの時間にラーメン店へ寄ったり、本屋で立ち読みしたりしたという記憶があります。

つまり「寄り道」はなくなったというより、

成長すると、自然遊びから店・飲食・友達との時間へ変わっていく

部分もありそうです。


9)田舎と街中で違ったのは、「寄り道の材料」

今回、はっきりした地域差を言い切れるほどの数ではありませんが、暮らす環境による違いは見えてきます。

田舎では、

「店がないから、そのまま帰った」

という人がいる一方、

川・畑・山・神社など、自然そのものが寄り道になります。

街中では、

駄菓子屋。
貸本屋。
本屋。
公園。

などが通学路の近くにある。

大分市中央町で育った1980年代の記憶では、家の前に公園があり、徒歩圏内にニチイ、ジャスコ、トキハまであったため、

「寄り道する必要がなかった」

という人もいました。

一旦家へ帰ってから遊びに出れば、十分だった。

結局、寄り道の有無より面白いのは、

子どもの生活半径の中に何があったか

なのかもしれません。


まとめ――学校から家までの道が、子どもだけの世界だった

子どもの頃の「寄り道」を聞いてみると、

「駄菓子屋へ行った」

だけでは終わりませんでした。

貸本屋で漫画を借りる。

友達の家で時間を忘れる。

川へ下りる。

水路に渦を作る。

神社の裏山へ行く。

知らない家の庭を通って近道する。

一方で、

学校が近すぎて寄り道できなかった人。

遠すぎて寄り道する余裕がなかった人。

田舎で店がなく、一旦家へ帰ってから遊んだ人もいます。

だから今回見えてきたのは、

「昔の子どもはみんな寄り道しよった」

という話ではありません。

むしろ、

学校から家までの道そのものが、子ども一人ひとりの生活圏だった

ということなんやと思います。

今なら数分で通り過ぎるような道にも、

「あそこに水路があった」
「あの角に駄菓子屋があった」
「あの川で靴を濡らした」

という記憶が残っている。

寄り道で覚えているのは、目的地よりも、その途中にあった小さな世界なのかもしれません。


※この記事は、SNSで行った「子どもの頃、学校帰りに寄り道しよった?」という呼びかけに寄せられた声をもとに整理したものです。


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